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過去に掲載した更新情報の記録 (3)

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介護予防教室新年度スタート

2017/4/3

新年度も元気に、初めの挨拶

 介護予防教室が新年度も引き続き開催され、第1回目には1人の欠席者があっただけで全員勢ぞろいしました。スタッフもふくめて61歳から91歳までの15名が、今年度も元気に会いましょう、と挨拶したり、最近思ったことなどを話したりして始まりました。

 教室は午前中の2時間です。ボールやチューブを使った恒例の体操や認知症予防のゲームをしたり、今日のお茶の時間には、手作りの『たんかんゼリー』の差し入れもあっておしゃべりに花が咲きました。普段会わない人と会うことは脳をとっても刺激します。笑うと体も心も温かくなります。月2回の教室日をみんな楽しみにしています。


若草会の卓球大会と退会式

2017/3/20

対戦!

 集落の50歳から69歳の熟年者が集う『若草会』で今年度の卒業者を送り出す退会式をしました。今年度70歳となり、若草会を離れる人は4名でした。

 午後に公民館で卓球大会。温泉卓球レベルの人から県体の選手までさまざまな会員が入り混じって楽しみました。夕方から懇親会。退会される人には20年在籍された人もおり、挨拶では懐かしい話題も出ました。

 宴の最後には、残る人たちが手をつないでアーチをつくり、そのトンネルを退会者が皆に声を掛けられながら玄関に進むというイベントもあり、大いに盛り上がってお送りしました。

春季大祭…弓矢八幡神社

2017/2/17

参列者らが拝礼

 穀物の豊かな実りと産業の発展を祈願する春季大祭が弓矢八幡神社で執り行われました。当番の人たちにより拝殿が整えられ、山の幸、海の幸の供物が用意されます。

 祭は宮之浦の益救(やく)神社より来ていただいた宮司さんの先導により宮殿の扉が開かれ、祝詞が奏上されました。集落の代表者、各種団体の代表者らが参列、玉串を奉りて拝礼しました。

二十三夜祭

2017/1/20

深夜の月の出を拝む

 深夜に昇る下弦の月に、集落安泰、五穀豊穣、無病息災を祈る行事です。当番になった人たちが供物の餅などと祈る場所を用意します。
 集落を代表する拝み上げる人は、区長と当番長の2人で、しめ縄にワラの垂れを10本と3本をさげた結界の中に座り祈ります。10本と3本の垂れは「とーさん(通さない)」の意味で結界を示します。他の参加者は深夜の月の出までを飲食歓談して待ちます。

 今年の月の出は日付の変わった午前1時14分。曇り空で月は見えませんでしたが、月の出後、拝み上げる人は集落内の3つの神社に祈願に行きます。会場に戻ってから皆と月を拝礼し、お神酒、しろむき、洗米、月形の餅を頂きます。

昨年までは、翌朝の日の出を拝む行事まで行いましたが、神事を次世代につなぐため、当番の負担を減らすことになり、1日目深夜で終わりました。

鬼火焚き

2017/1/9

今年は女鬼

 暮れから続いた正月行事のしめくくりは鬼火焚き。正月飾りを大きな火で焼いて、悪霊を村から追い出し、澄んだ新年を迎えます。

 本来は1月7日に行われますが、雨天のため延期されました。鬼火のヤグラは集落の男性陣が寄り集まって作り上げます。中心にそびえる孟宗竹、バチバチと燃え上がるから竹、それらをしばるカンネカズラ。手分けして伐りだしにいき、広場で組み上げます。年配者から若者へ技が引き継がれていきます。

鬼の絵は数日前に絵の上手な村人と子供たちが描きました。火入れの夕方には穏やかに晴れ、燃え上がる火と煙にあたりながら厄払いする村人らが広場で思い思いに過ごしました。  改めて新年の挨拶をする人、焼酎を酌み交わし語り合う人、ふるまわれた焼き塩サバに夢中の子供たち、陽が落ちてからも、熾火がいつまでも赤く村人を照らしていました。

七草祝い

2017/1/7

ご近所で七草粥を頂く

 七草祝いは、数え年7歳になった子供の無病息災を祈る、鹿児島に伝わる伝統行事です。薩摩藩の武家で始まったようです。

 対象年齢の子供を持つ家庭は、この日は大忙し。男の子も女の子も着飾って神社にお参りしたあと、ご近所や親戚のお宅を7軒回って七草がゆ(炊き込みご飯)をお椀に一杯ずつ頂きます。この粥を食べた子は健康になるといわれています。そして、集落のお祝い行事に参加してから、『鬼火焚き』の火付け役の大役をします。

 こうして集落中の皆に見守られ、区切りの歳を迎えます。

老人と子供のふれあい行事…しめ縄作り

2016/12/28

真剣に学ぶ子供たち

 老人と子供のふれあい行事は集落に昔から伝わる伝統行事です。今年はしめ縄作りを子供たちがお年寄りから学びました。

 伝統のしめ縄の縄は事前にお年寄りたちが作りました。年末のこの日は、飾りつけです。ウラジロ、ユズリハ、松、ダイダイの取り付けを一緒にしました。覚えの早い子供たちは後半は自分たちで作り上げていました。このしめ縄は集落の神社や家々に掛けられます。

勤労感謝祭…弓矢八幡神社

2016/11/23

集落の代表者らが参列

 その年の農産物の収穫に感謝する祭です。戦後に制定された国民の祝日である勤労感謝の日の原点が、元々は宮中で行われている収穫物に感謝する『新嘗祭』であることから、集落でも戦後行われるようになった新しい祭のようです。

 当番が回ってきた人たちが、餅をつき、米、塩、神酒、など供物を用意します。参列者は玉串を奉りて拝礼し、直会をして祭を終わります。

大祭…弓矢八幡神社

2016/11/3

神事

 大自然の恵みに感謝する秋季大祭が弓矢八幡神社で執り行われました。普段は作業着が多い村人もこの日はスーツなど正装でお参りします。

 大祭の日は、宮司さんの先導で、神殿の扉が開かれます。扉が開かれるのは春の大祭と秋の大祭の年に2回のみです。山海の幸をお供えし、小中学校の校長先生、駐在所のお巡りさんを始め、氏子代表、区長ほか団体の代表者らが玉串奉奠しました。

 午後は余興奉納として、村人らが踊りなど得意芸を披露しにぎやかに過ごしました。

敬老祝賀会

2016/9/19

子供たちの歌

 台風襲来が心配されましたが、荒天にならずに祝賀会を開くことができました。敬老者の方々は、よそ行きの服装で公民館に来られ、準備されたお弁当などを食べながら舞台演芸を楽しみました。

 艶やかな着物姿の婦人会が踊りを披露。子供たちは皆で小学校校歌を合唱。お年寄りたちも昔に卒業した小学校なので懐かしく一緒に歌われる姿もありました。そのあとは子どもたちの肩たたきのプレゼント。

  演芸会終盤は、婦人会の得意分野である滑稽な変装での踊り、駐在さんの手品の出し物で、会場が爆笑のうずに。楽しいひとときを過ごしていただきました。

十五夜

2016/9/15

上げ相撲

 十五夜祭が無事に行われました。午前中に村人で40mの綱を打ちました。かつてはカヤ刈りからしていましたが、近隣にカヤがなくなり、現在は稲わらで作っています。

 打った綱はグラウンドにとぐろ状に巻いて置きます。月が出ると役員が、お神酒、塩、米で綱を清めて月を拝みます。そのあとは村の皆で綱を持ち、『口説き歌』を歌いながら「よーい、よーい、よーいやな」と調子を取って綱を揺らします。この歌を歌える人がいなくなった現在は、過去に録音したものを流しています。

 口説き歌が終わると綱引き。大人も子供も混じって何回戦もします。そして、綱引きのあとは相撲です。お月様に捧げた神聖な綱で土俵を作り、主に子供たちが対戦します。お月様に捧げるので『上げ相撲』といい、この神聖な土俵で相撲をとると健康になれるといわれています。

正八幡神社祭

2016/9/15

玉串奉奠

 麦生集落には3つの神社があります。そのうち一番海寄りにある正八幡神社で年に一度の祭が行われ、集落安泰と村人の無病息災が祈願されました。

  当番になった人たちが、鳥居と祠の綱を新しく打ち、餅をつき、山の幸、海の幸などの供物を準備します。

 祭日の旗が立てられた鳥居をくぐった祠の前で、集落役員や団体の代表者らが玉串を奉奠。そのあと、お神酒、お餅で直会をして、今年も無事に祭りを終えることができました。

防風祈願祭

2016/9/1

直会(なおらい)

 二百十日に弓矢八幡神社で防風祈願祭が行われました。台風の多い時期に自然災害で農産物被害がでないように、また、村人が被災しないように氏神様に祈願しました。

  集落の代表や園芸組合とJAの関係者も参列して玉串奉奠しました。祭のあとは、お供えしたお神酒とお餅で直会となります。

ナギナタ踊り奉納

2016/8/15

弓矢八幡神社で

 江戸時代から集落に伝承される盆踊りが今年も無事に奉納されました。お盆に来られるご先祖様や精霊たちを御慰めするために捧げられる踊りです。

 かつては青年団が担っていましたが、若い世代の激減により、今は小学5年生以上が民芸保存会に入会して踊り手となっています。13日と15日に集落内のお寺、神社、墓地、海(港)、村の中心地で踊られます。

 6曲ありますが、伝わる間に歌詞は意味不明となった部分もあります。内容は祝い歌、琉球歌謡、牛若丸と弁慶の口上など、この世に帰られたご先祖様たちを楽しませようとしているのではないかと考えられます。

集落夏祭り

2016/8/14

うどん早食い

 区民手作りの集落夏祭りが開かれました。お盆に帰省する家族たちが懐かしい友人知人に出会う晩でもあります。

  今年は26年ぶりに復元された『麦生音頭』を大人も子供も輪になって踊り、出店は消防団が生ビールと焼き鳥、婦人消防隊がうどんとおにぎり、有志が子供向けゲーム「千本引き」と手作り品、恒例のかき氷でした。

 舞台では、ビール早飲み、ラムネ早飲み、うどん早食い、かき氷早食い、と、腹自慢、口自慢の区民が大人も子供も挑戦。やんやの応援が提灯照らす公民館前に響いていました。

消防操法大会熊毛郡大会で準優勝

2016/7/24

表彰式

 消防操法大会の支部大会が尾之間消防操法施設で開かれました。熊毛郡の1市3町の代表チームが屋久島町に集結し、鹿児島県大会の代表権をかけて技術を競い合いました。

  麦生集落の消防団の選手は、小型ポンプの部の屋久島町大会で優勝し、支部大会に出場しましたが、惜しくも2位となり、県大会出場は叶いませんでした。

 優勝は、小型ポンプの部、ポンプ車の部とも、中種子町消防団でした。

介護予防教室で大笑い

2016/6/27

風船バレーを楽しむ

 月2回開かれる介護予防教室では毎回色々なゲームを楽しみます。今日は風船でバレーボール。ふわふわゆっくり飛ぶ風船は高齢の方でも十分追っかけることができます。

  なぜか人の失敗ほど可笑しいようで大笑いの連続。笑うことは血流や脳活性化に大きな貢献をしているのではないかと思えるみんなの顔です。

 歌って、体操して、人とおしゃべりして、ゲームで大笑いの教室です。

農道草払い奉仕作業

2016/6/26

公民会前に集合した区民

 毎年恒例の一斉作業が夏を前に行われました。早朝まで雨が降りましたが午前中いっぱい降らずに作業日和に。地域ごとに作業区域を割り当てて農道両端の草を切払いました。

 草払い機を持参の人が払い、手作業の人が払った草を集める分業で、生い茂って見えなくなっていた側溝も出現。午前中で予定の区域はきれいになりましたが、午後の作業は残念ながら雨でできませんでした。

福祉サポート隊発足

2016/6/5

訪問する隊員

 『麦生地域福祉サポート隊』は、現役消防団員、かつて消防団員だった人、婦人消防隊員、民生委員、区長が隊員となって、集落の一人暮らしの方、高齢者、障がい者、子供たちを見守ろうと発足したボランティア団体です。

 現在の活動としては、隊員が班をつくり、見守りを担当する1人暮らし高齢者の方を決めて、月に一回訪問しています。

 また、台風時の戸締りや避難、片付けで手助けが必要なときは、要請に応じて『助っ人隊』を派遣することにしています。安全で安心して暮らせる集落であるようにと活動が開始されました。

企業ボランティアで伐採作業

2016/6/5

高所作業車で伐採

 島内企業のボランティア作業の申し出を受けて大木枝の伐採作業をしました。

 高所作業車や重機が必要な支障木伐採を、株式会社イナモリさんより車両と従業員の方4名を派遣して頂き、区民十数名とともにしました。

 大木となって枯れたガジュマルや、民家の上に大枝を張り出したアコウ、根張りで道路を盛り上げていた杉の大木など、重機がないとできなかった作業をしました。

桜公園東屋でお弁当…介護予防教室

2016/5/30

皆で食べておいしいネ

 介護予防教室の皆で「桜とホタルの里公園」にある東屋でお昼ご飯を食べました。

 降らず照らずの過ごしやすいお天気で野外食にはぴったり。公民館で1時間ほどの体操の後、ゆっくり歩いて公園に行きました。

 介護予防教室では歌ったりゲームもしています。何よりも皆と会って、話して笑うのが一番心もはずみます。きっと頭も体も元気になっていることでしょう。月2回の開催日をみんな楽しみにしています。

消防操法大会で優勝…麦生班

2016/5/29

操法会場

 屋久島町の消防操法大会で神山分団麦生班のチームが小型ポンプの部で優勝しました。

 雨が突然降りだす荒天のこの日、屋久島町尾之間の会場に町内の消防団員310名が集合。ポンプ車の部に8チーム、小型ポンプの部に18チームが参加してその技術を競いました。

 優勝した麦生班は7月に行われる熊毛郡大会に参加し、この郡大会で優勝すれば鹿児島県大会への参加資格を得ます。県大会の優勝チームは全国大会に参加することになります。
 今回のチームの選手は、4年前の県大会で銅メダル3位を獲得した経験があります。

公園の草払い作業

2016/5/22

作業する人々

 「桜とホタルの里公園」の草払い作業を若草会(熟年者の会)の人たちがしました。

 約千坪の公園の草は払っても2か月ほどでまた生い茂ってきます。高温多湿の屋久島は植物にとって居心地がよいらしく成長も早いです。

 この日は若草会の25名が労働奉仕。男性がエンジン草払い機で刈ったあと、女性が草集め。多人数でするので数時間でスッキリきれいな丘陵地になりました。公園の川にはホタルが舞っています。

海祭り…港の清掃

2016/4/16

集められたゴミ

 屋久島観光協会主催の海祭りの一環で、麦生漁港のゴミ拾いをしました。

 広大な港では、草むらなど見えにくい場所にゴミがあり、1時間ほどの作業で、集めてみれば写真の通り。

 漂着ゴミもありましたが、空き缶、ペットボトル、弁当箱のカラ、など、釣り人が捨てたであろうと思われるゴミも。いずれも、年月を経ても土に還らないゴミばかり。港を利用される方は、ゴミを捨てないでお持ち帰り下さい。

集落初総会

2016/4/15

各世帯の戸主が出席して

 集落の最高意思決定機関、住民総会。夜7時から公民館に戸主が集まり開かれました。

 昨年の決算報告が会計係よりなされたあと、監事から監査報告と予算の使い道等についての意見がありました。監事意見については、あらかじめ区会議員会に文書提示されていましたので、それについての区から回答がありました。そののち、あらかじめ区会議員により協議された新年度の予算について審議し、承認しました。

二十三夜祭

2016/2/1-2

言上する拝み者

 昔は旧暦正月の23日に行われていた月待ちの行事です。集落区長と当番の十家庭が公民館に集まり、深夜に昇る下弦の半月『二十三夜の月』と、翌朝の太陽に、集落安泰、村人の無病息災を祈願します。

 役員と当番より二人の代表者、拝む人を選びます。拝み者は身なりを整え、しめ縄の張られた結界の中で昔は一晩中祈願しました。現在は月を拝んだ後、夜中に一旦帰宅し、翌朝再び集まって日の出を待っています。

 供物には、月形の餅、日形の餅、拝み者の年の数の餅、二三夜餅、花餅と、数では五百個を超える餅をつき、用意します。他には、お神酒、白むき(洗い米と米のとぎ汁をすったもの)、御洗米です。祭の朝から、男の人はしめ縄づくりと会場づくり、女の人は餅つきと夕飯、翌朝飯の支度。日の入り前に全員そろって、前年の願を解き、新年の願をかける宵の行事をしたあと、深夜の月の出を、飲食歓談して待ちます。

  月が出ると、拝み者は集落の三つの神社に参拝してから、会場に戻って皆と月を拝みます。そのあと月形の餅、お神酒、白むき、御洗米で直会。皆一旦帰宅し、日の出前に再び集まります。日が出ると、拝み者はふたたび三つの神社に参拝。会場に戻って皆と日を拝み、直会。しめ縄を外して結界を解いたのち、参加者全員で朝食をいただきます。

  昔は徹夜でした。今は夜中の数時間は帰宅しますが、それでも準備から片付けまで二日をかける行事です。これを次世代につなげられるのか、や、当番になった者の負担など、昔のように行っていく困難さについて毎年声があがっています。

十日えびす

2016/1/10

海を見つめるえびす様

 十日えびすは、航海安全と大漁を祈願する祭です。集落には5体のえびす像があります。昔は浦々に置かれていましたが、40年ほど前に海が見える現在地にまとめて置かれることになりました。

 江戸時代に盛んだったカツオ漁、昭和時代に栄えたトビウオ漁、いずれも廃れた今、航海安全と大漁祈願をする浦祭はなくなり、毎年1月10日に集落役員と船主がえびす様を参拝するだけになっています。

  写真のえびす像は今から134年前に作られました。かつては、えびす様をお守りしている一家により毎年塗り替えられていましたが、最近は30年ほど前に塗り替えられたままだそうです。今も鮮やかな色彩が残っており、『日本一の美男えびす』と言われています。この像の複製品が、国立歴史民俗博物館(千葉県幕張)にあります。

鬼火焚き

2016/1/7

力を合わせて

 正月の締めくくりは鬼火焚き。大きな火を焚いて正月飾りを燃やし、村から悪霊を追い出す行事です。かつては、青年団がこの行事を取り仕切っていましたが、若い人が激減した今は、集落皆で行事を支えています。

 午前中に手分けして鬼火ヤグラの材料を集めに行き、ヤグラを組み立てます。高さ10数メートルの孟宗竹、ヤグラの周りに取り付けるコサン竹、それらをしばるカンネカズラが資材となります。

 重機がなかった今年は、昔ながらの『かっくい』と呼ばれる孟宗竹を×印に合わせたものを道具に、ヤグラにかけた7本のワイヤーを引きながら、皆でタイミングを合わせて、たてました。
  火入れは午後3時。子どもたちも絵描きに参加した大きな鬼の絵を燃やしたあとは、残り火にあたりながら、恒例となったサバの干物を肴に焼酎を酌み交わす村人の姿がありました。

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